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りーに
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10歳年上で転勤族の夫と0歳の娘・リクガメ2匹と暮らす30代の主婦。
20代でうつ病に苦しむが、転職し環境を変えて今の夫と出会う。
今では不動産投資・太陽光投資・fx・YouTubeなどいろんなことに挑戦中!
【変化を楽しむ】がモットー☆
自分が詳しく調べたことや経験を伝えることで、少しでも誰かの役に立ちたい。

【うつ病体験談①】うつ病になったきっかけと症状・薬を飲み始めるまで

私は23歳の時にうつ病になりました。

その時の状況を、備忘録としても残しておきたくて記事にしました。

目次

うつ病になったきっかけ

新卒で某製薬会社へ入社し、毎日数字に追われていました。プライベートと仕事の切り替えができず、常に仕事のことばかり考えていました。休日も仕事に関する勉強をするほど。

仕事はチーム制だったので毎月毎日チームと個人の数字の目標があり、トイレに行くのも我慢するくらい数字を意識していました。

CM撮影中止で翌日から会社に行けなくなる

入社して1年半が過ぎたころ、会社のCMに出ることになりました。
CMに出るとなると撮影の時間は本来の仕事ができなくなり、チームに迷惑をかけてしまう・自分の数字も出せなくなる。つまり、CM撮影後は数字を取り戻すために今まで以上に頑張らければならない・・と、CM撮影の日まで私は目標の数字のことで頭がいっぱいでした。

撮影日当日は朝5時起きで、6時から撮影の打ち合わせでした。撮影が始まり最初は順調に進んでいました。12月でとても寒い日に、スーツを着てコートなしの撮影でした。撮影していない時間だけダウンコートを着せてもらえたのですが、撮影中も撮影時間外も常に沢山の社員に見られながらだったので、「女優みたいだね」と嫌みのように言われたりしました。じろじろ見られることもストレスだったのですが、撮り直しがあるたびに(私のせいでみんなに迷惑かけている)と感じとてもストレスでした。
ストレスを感じながらも撮影は順調に進んでいきましたが・・・

撮影開始から10時間が経ち、あと少しで終わるというところでいきなり撮影中止になりました。理由を教えてもらえないまま着替えて帰る準備をするように言われ、とりあえず着替えて説明されるのを待っていました。
1時間後、マネージャーがきて中止になった理由を教えてくれました。

「会長(社長の母:元社長)が、あなたが撮影してるところをみて、「あんな子よりもっと良い子たくさんいるじゃない。なんであんな子がでるの?中止にしなさい。」と言ってきたの。会長はたぶん社員の子じゃないと思ったんだと思う。会長にちゃんと事前にCMの件話していなかった私たちが悪いの。ごめんなさい。」と。

ストレスが溜まっていない状態だったら冷静に受け止めたかもしれない。
でも、その時の私はストレスがピークでした。会長の言葉が私の存在を全否定しているように聞こえました。

10時間も撮影して、沢山の社員・撮影スタッフに迷惑をかけて、今日の分の数字が出せないことでチームの足を引っ張って。。

CMに出てほしいと言われたとき何度も断って、それでもイメージがあなただからと何度も説得され、親も喜んでくれるかもと思うようになり出ることを決心したのに、結局会長の好みじゃなかっただけで何もかもおしまいですか・・?
私は今日一日でたくさんの人に迷惑をかけただけの人になったなあ・・と、その日はずっと泣いていました。

翌日、起き上がれませんでした。
後頭部・首・肩にかけて硬直している感じで動かすことができず、会社を休みました。

会社を1日休んだことで、何日も会社に行けなくなる

当時の私はストレスや数字のプレッシャーが相当溜まっていたのか、会社を一日休んだら何もかもおしまいという思考になっていました。0か100。白か黒。

CM撮影でたくさんの人に迷惑をかけて、翌日会社を休んだことでさらに迷惑をかけてしまった・・仕事で数字も出せない・・社会の役に立つこともできない・・私は周りの人に迷惑しかかけていない存在。周りの人を嫌な気持ちにさせてしまう存在。消えてしまいたい。
会社を休んだことで、自分はもうこの世にいない方がいいという考えになっていました。

消えたいという気持ちだけでなく、どんどん体調も悪くなる

会社を休んだ翌日も、そのまた翌日も会社に行けませんでした。

動悸がして体が鉛のように重く、体を思うように動かせない状態でした。食欲もなく夜も眠れず、休むたびに涙があふれ、何度も過呼吸になっていました。その時の気持ちを思い出すと、「仕事に行きたくない」というよりは、「誰にも会いたくない。消えたい。」という気持ちが強かった気がします。

食欲なし・動悸・過呼吸・眠れない・倦怠感・首が動かせないなどの体調不良が続き、会社を休んで1週間ほどたったころ、マネージャーが心配して電話をしてきました。マネージャーに心療内科か精神科に行くように勧められ、当時付き合っていた薬剤師の彼氏にも行った方がいいと勧められ、気持ちが落ち着く薬がもらえるなら・・と、精神科に行ってみることにしました。

精神科で『うつ病』と診断される

心療内科ではなく精神科に行くことにした理由は、カウンセリングに抵抗があったから。
心療内科はカウンセリングがあるが、精神科はカウンセリングなしで薬を処方してもらえるということで精神科に行きました。(※全部の精神科がカウンセリングなしとは限りません。私が行ったところがたまたまカウンセリングなしだったのかもしれません。)

精神科では、まず家族構成や親の職業・私の仕事内容など詳しく聞かれ、何分か会話をしたあとに体にどういう症状が出ているか・いつからなのかなどを聞かれました。

「うつ病ですね。顔を見たら分かります。安定剤出しますね。会社にもうつ病と診断されたことを伝えてください。しばらくは会社を休んだ方がいい。」

精神科の先生はさっぱりした人でした。
うつ病の診断基準が何か分かりませんが、うつ病と診断されたことで正直少し安心した自分がいました。(これでしばらく会社を休める)それだけで少し心が軽くなりました。

薬を飲み始める

薬を飲み始めると、気持ちが落ち着き少し眠れるようになりました。
でも、それは最初だけでした。1日3回の服用と言われていましたが、だんだん薬を飲んでも効果を感じなくなり、数日で1日の服用回数が増えていきました。

精神科に行き、今の薬が効かないので今の薬より強い薬と睡眠薬が欲しいと伝えました。
先生は「強い薬というわけではないけど、別の薬にしてみましょう」と、すぐに別の薬と睡眠薬を処方してくれました。(※薬の種類については、医師・薬剤師ではないため誤解があってはいけないので伏せておきます。)

薬が変わると、不安感や死にたいという気持ち・動悸などが少し落ち着きました。
でも最初の薬の時と同じく、それは最初だけ。飲み続けることで体が慣れてくるのか、次第に効果を感じなくなり、服用量が増えていきました。
睡眠薬も同じで最初は眠れましたが、次第に服用しても眠れなくなっていきました。

この時の私は、うつ病を治したいとか会社に復帰したいとか全く考えておらず、いつどのように死のうか・薬を飲まないとおかしくなる・早く薬を飲みたい…そういうことばかり考えていました。薬が効かなくて部屋の中で暴れて過呼吸になることもよくありました。(寮生活だったのですが、自分の部屋の壁はボコボコ)

また精神科に行き、今の薬よりも強い薬が欲しいと伝えました。

「薬は人によって合う合わないがあるからね。それに、飲み続けるうちに耐性ができて効かなくなってくるものでもある。昔からある抗うつ剤で○○というのがあって、今までのより副作用が少し強いけど、それ飲んでみる?」と、別の薬を用意してくれました。

その副作用が強めの薬をしばらく飲み続けることになるのですが、そのころから鬱の症状が悪化します。

薬を飲み始めてからのうつ病の状態と自殺未遂、そして完全に薬を飲まなくなるまでの話は【うつ病体験談②】でお話しします。

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